大鹿村中央構造線博物館



赤石山脈の隆起と中央構造線の深い谷の形成

大鹿村周辺の現在の地形の形成

いま私たちが見ている山脈や平野・盆地などの大地形は、おおまかには新生代第四紀のおよそ250万年前ごろから現在の地殻変動による隆起や沈降が始まって造られています。

今の中央アルプス‐伊那谷‐南アルプスの地域は、300万年前には過去の変動による地形は侵食や埋積により失われ、平坦な準平原だったと考えられています。そのころから南アルプス地塊(伊那山地と赤石山脈を合わせた大地形としての南アルプス)側が東側ほど大きく上昇するように傾きながら隆起し始めました。100万年前ごろからは隆起速度がスピードアップしています。最新の地形学の推定では、赤石山地の主稜線は、最近の100万年間に約4000メートル隆起し、2000m削剥されたと考えられています。

一方、そのころから天竜川の西側の木曽山脈(中央アルプス)が隆起し始めました。その境界では、中央アルプス側が南アルプス側に、数列の逆断層で押しかぶさるように上昇しています。この活断層群を「伊那谷断層帯」といいます。正確には、伊那谷断層で押し被さる中央アルプス側の急崖が崩壊し、中央アルプス側の支流が押し出す土石流が扇状地を造るので、天竜川の本流は伊那山地側に押し付けられています。さらにその扇状地面を活断層群が切るので、天竜川の西側には天竜川と平行な幾本もの断層崖が発達しています。

中央構造線沿いの深い谷は、南アルプス地塊の傾動隆起にともない、侵食に弱い中央構造線の破砕帯が天竜川の支流により下刻されてできました。南アルプス地塊は中央構造線が下刻された直線状の谷を境に、西側の前山の伊那山地と、主稜線の赤石山地に地形的に分かれています。

南アルプスの中央構造線は、右横ずれ活断層として再活動していますが、ずれの速さを表す活動度は伊那谷断層帯より1桁低く、上下方向の地形の形成にはあまり寄与していません。中央アルプス‐伊那谷‐南アルプスという大地形を造っている主要な断層は伊那谷(活)断層帯です。

現在も急速に隆起し続けている南信地方

前述のような変動は現在も続いています。南信地域は過去100年間の日本列島で、もっとも早く隆起しています。地殻の上下変動は主要道路沿いに置かれた水準点をくり返し測量することで直接計測されています。下諏訪から伊那谷を南下し、飯田から伊那山地を越えて遠山の上町に至り、そこから秋葉街道沿いに東海道の掛川に至る一等水準点の測量で、遠山の木沢水準点は100年間に40cmの上昇が記録されています。ただし赤石山地は東海地震の発生に向けてのゆっくりとした地殻変動と東海地震発生時の逆向きの急激な地殻変動(シーソー運動)の影響を受けていますので、100万年間に4000mの隆起はシ-ソー運動による隆起と沈降の差が蓄積したものと考えることができます。

最近100年間の上下変動(国土地理院作成)

 

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